6、理想を抱いて溺死しろ

これは某ゲームより、作中の重要人物の発言の引用である。
『Fate/stay night』の、英霊エミヤことアーチャーの言。



その筋では大人気であり賛否両論の多い物語と主人公であるが、
きょうび清々しいほど青臭く泥臭い主人公の在り方は、
それを堂々と公言できる程度には、自分と重なって映ったものだ。

そも、理想を抱いて死ね、ではなく溺死しろ、というからには、
「理想に殉じた無駄死に」という意味に、
理想など捨ててしまえば救われるのに、
なぜ辛く苦しいと知っている先行きから逃げないのか?
という嘲るような問いかけが含まれているように思える。

作中で主人公は己の信じた正義と理想のために、
できるわけのないことを何度も繰り返す。
だが、彼にとってそれができるか否かは問題ではないのだ。

彼は理想に届くわけがないと知っている。
それでも理想を求めようとすることが間違っているはずがない。
だから彼は誰よりも弱く、誰よりも愚かなまま、
誰よりも貴いものを求め続けているのだ。
そこに何があろうとも。


人の醜さ。
自分を信じてほしいからこそ誰かに干渉するのに、
自分自身は決して他者を信じることのない、その身勝手さ。

人の弱さ。
過ちて改めることもなくただ同情だけを欲し、
同じ過ちを繰り返しては世を人を苛み儚む己に酔う、その未熟さ。

人の汚さ。
己の欲求を押し通すことだけを考え他者の領域を侵し、
しかし己の領域を侵されることを極度に嫌う、その傲慢さ。

人の弱さ。
未知の存在を受け入れることも認めることもせずただ否定し、
現代風に言えば「空気読め」の言葉で都合の悪いものを切り捨てる、その愚かさ。


そこに何があろうと、それでも理想は常に美しい。

誰が何を思おうが、そう信じている自分がどれだけ弱かろうが、
叶うわけも届くわけもない願望のためだけに、
いつまでも真っ直ぐ走り続けられるのなら、
それはどれだけ尊いことだろうか?

明日のことなど考えず、一生懸命走っている子供の瞳の美しさ。

仕事だ人づきあいだ能力的限界だ、でうまくいかない現実があるからこそ、
理想と、目指すべき目標や夢を忘れてはいけないと思うのだ。

その暁にこそ、固執したことに後悔しないような、
理想の入ったパンドラの箱が開く瞬間を夢見たまま、
それを抱いて溺死することにさえ躊躇わない、
そんな潔い生き方ができるのではないだろうか。


誰も尊いものを訴えないのなら、せめて自分だけは正直に訴えていこうと思う。
曲げてはいけないものは決して曲げない、それが男、ないし父としての矜持だと思う。
理想を抱いて溺死しろ。

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