7、為せば成る 為さねば成らぬ ナントヤラ

為せば成る 為さねば成らぬ で始まる短歌は2つある。

武田信玄の
為せば成る 為さねば成らぬ 成る業を 成らぬと捨つる 人のはかなさ
上杉鷹山の
為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり


やれば、できる。やらなきゃできない、何だって。

それに対して、できないものだなあと嘆くのか、
やらなきゃできねえんだからやろうぜ? と問いかけるのか。
非常にシンプルな一言ではあるが、
これこそが人間に問われる、最も大きな選択ではないだろうか?


現実だけを見ろ、という物言いが流行っている時代だが、
現実だけを見せて子供を育ててきた結果、
「アイツだって~なんだから俺だって私だって~でいいじゃん!」
と語る若者・・・というよりは言葉が悪いが「クソガキ」が増えているように思える。

若い身空でちょっとバイトして金溜めて、
何やるのかと思えば異性のケツを追いかけ回し、
無駄に騒音を出す二輪車に投資し、
被扶養者でありながら身分不相応なブランドもので身を固め。

女の子に至っては小遣い稼ぎに体を売る子だって当たり前のようにいる。
そのくせ取り締まられるのは女の子ではなく買うほうの男である。
そもそも売るような社会を容認したのは、
紛れもなく性教育、貞操観念に関する倫理教育を怠った国と、
あえて我が子に厳しいことを言わず躾けてきて、
現実だけを見ろと申した人間のせいではないだろうか?

 現 実 だ け を 見 れ ば 、

若さゆえに体を売ることほど簡単に金を稼げる方法はない。
それも出会った人間に対して一対一で金銭・物品を要求するのであれば、
100%が自分の稼ぎになる。
十分に若く美しい女であれば、1日に10万円を稼ぐこともできよう。
言うまでもなく知性や年齢不相応な収入であり、
それゆえに価値観の破綻は加速する。


そのような側面は決して否定できないと思う。
いつだって社会的な治安が悪くなる背景には金、ないし女が絡んでいるもの。
古今東西を問わず、性的に乱れている場所は治安が悪いもの。

なればこそ隣人さえ犯罪者ではないか、
と言い切る勢いで疑ってしまいがちな時代、
それを齎しているのは紛れもなく、
現実を見ろとだけ教えてきた、
守るべき現実以外の何かを教えずに生きてきた、
そんな大人たち、そんな自分のせいではないだろうか?


結局、社会制度をどう変えたって人間は変わらない。
法律がどうあれ、バレなければ犯罪ではない。
政治、経済、健康、教育、
何から何までが狂っている現在の日本においては、
公的な何かを変えた程度ではよくなることはないだろう。

だからこそ、人間が人間に向き合い、
きちんと問い質す必要があると思うのだ。

変えるべきは人間であり、実体を持たない世間でも、社会でもない。
それを変えていくのは人間でしかないからには、
「成らぬは人の為さぬなりけり」であろうし、
しかし"現実を見れば"「成らぬと捨つる人のはかなさ」というものだろう。

僕はその現実を見捨てることをせずに、まずは自分から、
せめて一人ずつ確実に、
為せば成るのだということを教えていけるような、
そんな男であり、人間であり、願わくば父でありたいなと思う。


為せば成る 為さねば成らぬ なんとやら

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