9、過ぎてかえらぬ不幸を悔やむのは、更なる不幸への近道だ

シェイクスピアは『オセロ』より。


僕自身の趣味とは無関係に、シェイクスピアと聞けば、
「教養層が好む嫌味ったらしい決めゼリフの教科書」
というイメージがある。

事実、名言や箴言を引用したがる人間の多くは、
自分がそれを知っているという事実を知らしめたがるのみ。
対外的に知性をアピールするには最適な古典であり、
同時に高い知名度を持つシェイクスピアを好むのだ。

衒学的な物言いを好む人種は並べて脳がヌルく、
胸糞悪い偽善者以下であることが多いが・・・
なるほど、連中は自分の人格を省みることなく、
知っただけで賢くなったつもりでいるのだろう。

ある言葉一つに込められた意味は額面通りのものではないと考え、
自分なりに意味を持たせる。
それでこそ名言は本当に生きた言葉になるのであり、
ただ言葉と字面だけを知っていても、
それは自分の何を助けてくれるわけでもない。

常に学ぶこととは過去からのみ行える行為であり、
より多く失敗し、不幸と苦難を知っていればこそ、
反省に用いる材料も増えようものだ。

ゆえにこの言葉に込められた意味のもう一つは、
積極的思考のススメではなく、
失敗や不運を恐れず活かし、嘆くよりも前に進め、
という超熱血思考のススメなのだろうと考える。


それ以外にも、この言葉に込められた意味は大きなものだと思う。
が、それを書くには少々長くなる。
それはそれで別のテーマになる機会がくるであろうので、
その時まで放置しておくとしよう。
恐らくは「想像力」に関するテーマになるだろう。

過ぎてかえらぬ不幸を悔やむのは、更なる不幸への近道だ。

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