10、恋愛について

一般的な恋愛とは貼り付けるラベルであり、
満たされている中身ではない。



一時的に書式を変更してみるテスト。


 傍目に、ないし結果として、それが互いに、ないし自分にとってどんな関係であれ、自分が恋愛だと思えば恋愛になる。つまりそれは魔法ではなく、一種の妄想である。僕は別に恋愛を笑う気も否定する気もない。だが今感知している限りの疑問点さえ解消しない限り、恋愛を肯定的に解釈するのは難しい。

 一般に言われる「恋愛」を分解すると、あまりに不可解な要素はおよそ5つに大別される。

1.ただの性欲に虚飾を施しただけでは?
2.孤独を恐れた逃げ道では?
3.世間体に流された結果では?
4.見ているのは相手ではなく期待している姿では?
5.それはお子様の価値観では?

 まず1つ目だが、芥川龍之介が「恋愛はただ性欲の詩的表現を受けたものである。少なくとも詩的表現を受けない性欲は恋愛と呼ぶに値しない」という有名な一言を残している。別にそれに関するお話ではないが、プラトニックラブストーリーを見て感動する人間がセックスをコミュニケーションとして用いるのであれば、それほど矛盾したお話もない。
 美しいもの、尊いものに向かおうとしない人間は、その思いは和を保つことでさえ否定しうる価値観なのだと気付いているのだろうか? それは殺人や強盗を肯定しているにも等しい。美しいもの、尊いものに向かおうとする人間がいるから法治国家が成立するのであり、それゆえに自分の権利(笑)や個性(笑)や自由(笑)が認められるのだ。
 男女ともに性欲というものはあるだろう。だがしかしその衝動一つに態々飾り付けるようなことをし、その欲求が実現されるまでの過程に余分なものを付加することが望ましく、かつ一般的であるとするのなら、一途に子供を欲する夫婦の関係は最早売春婦と種馬の関係にも等しいほどに下賎である、とさえ言えよう。
 つまるところ、「(結論その1)」である。

 次に2つ目。至極当たり前ではあるが、相手がいなければ恋愛はできない。一部の女性からは多くの男にチヤホヤされる現実に耽溺し、ついつい婚期を逃して焦り後悔する、という話を結構耳にするものだが、それもそのはず。
 人間が恐れるものは死であり、つまりは誰にも守ってもらえなくなる、誰とも関わることのできなくなる孤独である。もし独りでいることを恐れるあまり、同性ではなく異性と一緒にいたいと思う気持ちだけが逸っているのなら、相手は誰だっていいのだ。
 実際、本当に好きだったけど云々、という謳い文句を抜かしつつ数日後には彼氏ができました的なことを平然と言ってのけてしまう女性・・・もとい女の子は非常に多い。本当に好きだった人を数日で切りかえることができるのなら、所詮数日間の寂しさにしか相当しない大きさしかなかった相手を本当に好きだった、ということになる。
 結果として「(結論その2)」である。

 更に3つ目。恋愛できない人間には魅力がない、という謳い文句が若年層の間では一般常識以下になって久しい。が、恋愛経験の豊富な人間に魅力を感じたことのない人間がここにいる。そもそも恋愛というものは魅力を相手取って発生しうる状況の名であろうが、魅力があるからこそ恋愛関係に至ることができる、とは限らない。
 そも、魅力とは変化する価値観である。子供の頃に憧れた人に今も同じように憧れるのかと問われれば、そんなことはない。同じように、今魅力を感じている相手に将来まで魅力を感じているとは限らない。つまり、今Aという魅力を備えているがBを持たない人間に恋をしても、数年先にはBを持つ人に魅力を感じ、Aは不必要だと感じるようになっているかもしれない、ということだ。
 それ以前に、ヒトはあまりに移ろいやすい生き物だ。仕事をクビになった、会社が倒産した、引っ越した、妊娠した、それだけで人生は大きく変わってしまう。冷めて乾いただけの物言いに興味はないが、こういう意味においては「変わらないものなんてない」のだ。
 その一方で変わらないものもある。誠意を示し敬意を払い、常に謙虚であろうとし、礼儀を重んじ、真面目さや正直さを貫く、裏表がない生き様は一朝一夕で身につかないものであり、およそ誰にとっても心地よいものである。少なくとも相手の老若男女を問わず許可される人間像は、そういうものしかありえないと思う。
 必定、「(結論その3)」ということになる。

 加えて4つ目。少数異端である僕の目からすれば「月並みなどこにでもいそうな男」をつかまえている女の子たちは、誰もが人並み以上に幸せになれると信じているようにしか思えないし、事実そういう傾向にある=自分は平均より可愛いと思い、平均より幸せだと感じている統計orアンケート結果がいくつも出ている。
 それはおかしな話だ。月並みな相手に月並みでないことを期待するのは何かおかしい。月並みな男は、月並みな価値観を持ち、月並みな行動原理しか知らないからこそ、月並みな結果しか齎さない。だからこそ安心できる、変な奴はいないだろう、という意味では最高級の属性ではあろうが。
 これは男女が逆でも同じである。どこにでもいそうな女の子は、事実どこにでもいる。安心感という意味では安心できる相手なのだろうが、その思いだけで向き合えば怒られる=フラれる。
 男女に共通していることだが、自分は自分なんだと個性を主張する反面で、周囲と同じことしかしない。もはやお互いに相手を個人としてではなく、「集団に所属する一員」だとしてしか認識していないのだろうか?
 「みんなと同じことをする価値観を持つ集団」の一員をお互いに演じ、その期待に応え合うことを恋愛と呼ぶのならばこそ、結婚してみて失望しただの豹変しただのという話を耳にすることが多いのだろうと思う。
 この場合の豹変という言葉は誤用でしかないが、結局「(結論その4)」になることには変わりない。

 そして5つ目。ここまでを見てくればわかることだが傍目には、少なくとも僕のように過剰な恋愛熱に冒されていない人間の目には、何がしたいのかがわからないのだ。

 結論1:性欲を否定するくせに性欲ゆえの行為だけは行うならば、嘘をつくための思考をするだけのケモノ
 結論2:安っぽい言葉に流されて、相手に対する信頼もなければ自分を信じてもらうこともしない
 結論3:数年経てば廃れる程度の美男美女像を追い求めている自分に安心しているだけではないか?
 結論4:お互いに都合のいい異性を演じ、それを信頼し合っているように見せかければ恋愛と呼ばれる行為

 ・・・別に、その人、その名を持つ人間相手でなくてもできることばかりだ。むしろそんなことなど、子供でさえ簡単にできることだ。ヒーローごっこ、おままごと然り。人間としてはあまりにオコチャマすぎる価値観だ。
 その相手「Aさん」を好きになったのなら、Aさんでない人間が同じ条件を満たしていても魅力を感じない、と言っているにも等しい。少なくとも世間の謳う恋愛とはそういう状態を指しているようにしか解釈できない。だが現実は正反対であり、男女がお互いに「どこにでもいるAさん」を演じあい、その姿に恋をしただの愛してるだのと囁き合うのみである。



 ぶっちゃけてしまえば、セックスで愛が語れる年齢の価値観は、人生の後半40年ではまず間違いなく大きな意味を持ちうるわけがない。その人そのものを見つめ、自分を偽らず、互いに何も隠さず偽らないその状態での信頼関係ができたわけでもないのなら、夜の褥でお約束程度に呟く言葉を信じて裏切られる女性などいるわけがないのだ。往々にして体の関係を持ったことに意味を持たせるのは女性特有の現象であり、子供のような恋愛ゴッコをしていた結果、自業自得として喪失だの失恋だのを経験しても、自分は被害者であり男が怖い、と申すわけで。

 「基本不真面目、時々真面目人間」の時折見せる真面目さや優しさに惹かれてしまえば、基本が不真面目であることを忘れてしまうのだろうか。そんな人間は愛してる、という言葉に心など込めずに吐くことができるのだ。どこまでいっても真面目であることは、少なくとも男には最低限必要な条件であり、女にもあればあるだけ望ましい条件であるはずなのだが、昨今は真面目さには魅力がないと申す男女の多いこと多いこと。

 目の前の異性一人と向き合う前にこれくらいのことをしっかり考えておくことのできない男が、どうやって相手のことを気遣い心配していると言えるのか。

 これらは実際の人間関係においては行動で以て示すべきお話なのだが、ここはネットであり、示しうるのはあくまで脳内の持論でしかなく、そしてこれを読むであろう誰かがいたとして。その人は自分の彼女でもなければ妻でもなければ、今隣にいる誰かでもない。この人間の脳の基本構造を暇つぶし程度に解析しようとしている誰かさんでしかない。

 今この瞬間のお互いの外面の最大値でカッコよさ可愛さを評価する行為を恋愛と呼ぶのだろうか?
 その状態にお互いが恋愛と名付けてしまえば、中には何もなくとも恋愛たりうるのだから。

 しかし僕にはわからない。

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