14、元気を出し続けると、元気は増してくる。

三宅雪嶺の『世の中』より。
正しくは"鍛冶屋が腕を振って腕が太くなるように、"とつく。


元気であること、の定義は難しい。
元気とはそもそも何かさえわからない人間には、
元気のいい子供、というと、
ただ体力と若さに任せて走って騒いでいる、
そんな姿しか思い浮かばないのかもしれない。

だが年を取っても元気であることはできる。
つまり、元気であることは精神的、ないし心的な充足度に近い。
そうでなくては少々辻褄が合わなくなってしまう。

・・・なるほど。
学業に励み、体を鍛え、恋をして、
世を知り、人を知ることがずっと続けば、
どんな人間でも目標を持ち、それに向かって努力をし、
自分を高めていくことに異はないだろう。

つまり元気とは、
ある種の「小賢しさ」の正反対にあるものなのだろう。
したいことをしたいように、どこか流される必要性のある、
そういう価値観なくしては、己の弱さに負けてしまうだけである。

一度断ち切られた流れを取り戻すには、
もう一度その流れ以上の速さで走り始める必要があるだろう。
だがそれとて続けていくうちに慣れていく
日々の充足云々に関係なく、動き続けること。
休むことさえ「活動」として認識するほどの、
"超能動主義"の結果。
それが元気の正体なのかもしれない。



鍛冶屋が腕を振って腕が太くなるように、
元気を出し続けると、元気は増してくる。

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