16、子育て・育児とお金について

うまくいけば先行投資、失敗すれば被害総額
である。



・・・僕はそんな冷血動物ではない。
だが僕が学んだ子育てに関する矜持は、
そう言わんばかりのものだった。

「育ててやってるんだから感謝しろ」
という言い分があるが、
"育ててやってる"と仰るくらいなら、
なぜ自分を産んだのかをお答えいただきたいものだが、
ここでは余談でしかない。


僕は両親に酷い虐待を受けた反面で、
教育には惜しみなく投資してもらうことができたようだ。
考えてみれば交通費だけで片道1000円ほどで、
塾や部活の費用、書籍類などの出費を考えれば、
中高の6年間の教育費だけで、
150万円/年以上ではなかっただろうか。

ところが我が家には子供が三人おり、
姉と妹はお洋服が大好きな女の子であり、
私服で通う中高時代であったわけで、
学費が僕より高かったため、
年間200万は確実に超えていたはずだ。


・・・実に馬鹿げているが、
きょうびそうそうありえない収入であるからには、
やはり両親は普通の人ではない。

日本では最高級学歴な教養層の両親であり、
俗っぽい遊びや価値観を一切知らず、
勉強と仕事しかしてこなかったような二人なので、
見合い結婚であるかわり、
お勉強教育者としての資質はかなりのものだった。
実学志向というわけでもないが、
点数を取るための勉強とは別に、
好奇心を磨き伸ばすことも忘れなかったのだと感じる。

ただ、自分でもいい教育を受けたと思う反面で、
今の僕は不慮の事故に負け、
しかし倒れたままでいることなく、
こうして弱りながらも恥を雪ぐ機会を伺っている。

入院している間の殆どは植物状態であったせいか、
病院に置いておくだけでも完全なる金の無駄である。
なので両親は僕が生まれてより今に至るまで、
その一連の経緯を被害総額だと思っているようだ。


事ここに至るまでの何もかもが、
事故に遭うために生きてきたわけではない。
しかし彼らはそれを被害総額だと申す。
事故に関して、僕の落ち度は何もなかったというのに。

・・・親の気持ちはわからない。
ただ、目が覚めたら季節が変わっており、
成人式も誕生日も正月も過ぎていた僕の気持ちが、
彼らにわかろうはずもなく。
通常なら蘇生の見込みもない植物状態や、
その後、今もまだ続く絶望的なリハビリも、
ほぼ完全なる孤独の環境下で生きている現在も、
彼らどころか、ほぼ全ての人間が知らない世界である。

相容れない主張であるとするとしても、
産んだ子供に教育を施し、
結果が出なければ被害総額だと申す、
そんな人間が親であるべきなのか、という点だけは、
僕には肯定することができずにいる。


子育てにはお金がかかる。
どんな子供が生まれてくるかもわからない。

なので、幸せな人間を一人でも多くしたいと思うなら。
自分の子供が少しでも幸せな人間であってほしいなら。
愛されて育ち、愛することを知る人間が一人でも増えてほしいなら。

由どうあれ子育ては「被害総額」だ、
などと口にする人間にならないようにしたいものである。

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